DSC_3954_720 (via barrier33)
“新海誠の東京は“田舎者が憧れた東京”で、押井守の東京は“東京人による東京”というイメージがある ド田舎から上京した者ですが、とてもよくわかります。”
— 新海誠の東京は“田舎者が憧れた東京”で、押井守の東京は“東京人による東京”というイメージがある - Togetter (via hutaba)
今や、家にテレビを置かず、PCやスマートフォンで動画配信サービスを見るのがメインという人も少なくないはず。そんな時代の子どもたちが見ることのないCMの量は、1年間に230時間分にも上るそうです。
“新海誠の東京は“田舎者が憧れた東京”で、押井守の東京は“東京人による東京”というイメージがある ド田舎から上京した者ですが、とてもよくわかります。”
— 新海誠の東京は“田舎者が憧れた東京”で、押井守の東京は“東京人による東京”というイメージがある - Togetter (via hutaba)
“宇垣アナが雑誌で「自分の顔はあまり好きではないが、チヤホヤされる顔であることは生きてきて分かってきた」「顔がいいというのは足が速いとかと一緒なので別に遠慮しない」「ミスコンに出たのは違う世界に行く切符を得る為」みたいな話をしていて、考え方がずっとスマートだなと思った。— ナツイ・フェスタ・マリナ@うさぎのみみっく!! (@UNM_Marina) December 7, 2018”
— https://twitter.com/UNM_Marina/status/1070941112393551872?ref_src=twsrc%5Etfw (via i11matic)
“tumblr創始者のデビッド・カープは2017年にtumblrをやめているので、我々が逃げ遅れているということなのかもしれない”
— refeiaさんのツイート: “tumblr創始者のデビッド・カープは2017年にtumblrをやめているので、我々が逃げ遅れているということなのかもしれない” (via sukoyaka)
734 :名無しさん@HOME:07/10/16 01:43 0 ID:?
一言で言うと相手を信用する。それが秘訣。
今まで妻の言動に腹が立つ事がよくあったのだが、ある本を読んで、その中に書いてあった、
「その人と全く同じ人生を歩んだら、まったく同じ行動(ここでは腹立たしい言動)をするだろう」
という内容。たまたま、自分はその人とは違う人生を歩んだだけで、同じ立場ならきっと同じ事を
するだろう、と。
それを意識するようになって、妻の話をよく聞くようになった。
するといつも彼女は懸命に生きて、懸命に物事をこなしていることに気がついた。
どんなに腹立たしい事があっても、それに至る理由をよく聞くと、なるほど俺でもそうするだろうなぁ
と思う。いつ聞いても最後には納得できる答えが返ってくるんよ。
そのうち、聞くのがめんどくさくなってきて、どんな事があっても、いちいち理由を聞かなくても、
ああ、それなりの理由があるんだな、と思うようになって、生活から俺の(妻に対する)怒りが消えた。
なにがあっても怒らなくなった。だって、必ず俺を納得させる理由があるんだもん。
つまり、妻を全面的に信頼、肯定している形。
そういう俺に対し、妻も同じ態度で俺に接するようになり、この人はどんな時も私の味方なんだ、と
自信をつけた様子で、どんな事も相談してくるようになった。妻からの完全な信頼を感じるようになった。
ここに書き連ねたらキリがないほどの好ましい循環が始まり、精神的な結びつきを強く感じるようになった。
相手を変えるより自分を変える、この言葉を確かなものとして学び取った気がする。
夫婦円満に過ごす秘訣 | ライフハックちゃんねる弐式 (via fujimonao
)
これは自分向けに書かれてるのでは、と錯覚。
(via tanakamp) (via iyoupapa) (via dewtruth)
(via kaiteki61) (via hazime1373) (via biggarden)
(via goboh) (via scudroid) (via pedalfar) (via vmconverter) 2010-02-15(via rosarosa-over100notes, fujimonao-blog)
(via gkojay)
(via edieelee)
(via yuasa)
(via quote-over100notes-jp)
“渋谷のハロウィンがあまりにひどすぎて来年から有料制も検討される程らしいけど、本来ハロウィンは秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す行事だから、「各地で追い出された魔物が渋谷に集まったのでは」という意見が秀逸だった。”
— Emikoさんのツイート (via raiga01)
・サイゼリヤの場合
「巷で流行りの濃厚つけ麺を商品化しましょう」
「そうしましょう」
「スープにたくさん豚骨や野菜を使うとコストが合いません」
「減らしましょう」
「煮干しをたくさん入れると好き嫌いが分かれます」
「減らしましょう」
「できました」
「物足りないですね」
「こんなもんです」
「では販売開始」
「販売開始」。
安さを追求すると、とかくなんらかの欠落が生じがちなものである。
飲食店に限らず食品メーカーなどの日本の企業は、その欠落を埋めることにその努力を最大限に傾けている印象がある。
ところがサイゼリヤはその辺りが妙にサバサバしている。
妙な背伸びをしない潔さみたいなものがある。
納豆に例えるならば、各社がいかに万人に好まれかつ印象的なタレをいかに安く作るかにしのぎを削っている傍で、「いいじゃん醤油で。家にあるし」とタレ無しの納豆を2円安く出す、みたいな感じだ。
かつてサイゼリヤの正垣会長は、サイゼリヤはすごく美味しいものを目指さない、そこそこでいいんだ、というような事を言ったという。
私はそれは妥協でもなければ諦めでもなく、もちろん自虐などというものでもないと確信している。
それは「みんなどこもしょうもない食べ物にゲタはかせて無理やり背伸びなんかするから世の中にはマズい物が溢れるんだ」みたいなある種のパンクスピリットだったのではないだろうか。
かつてセックスピストルズが虚飾にまみれた商業音楽を嘲笑ってスリーコードで勝負したように。
ピストルズは2分30秒のロックンロールで世界を変えた。
サイゼリヤは299円のミラノ風ドリアで世界を変えた。
少なくともそれだけは確かな事である。
“ちなみに昔読んだ本によると、子供のころに庇護を受けて育った人は大人になっても困ったときに助けを受けるのがうまく、交渉スキルが発達して成功しやすいそうです。いやあ、絶望的ですね。もう幸せな子供時代を過ごした人には余計に税金かけるとかしないと平仄があわない”
— https://twitter.com/MAMAAAAU/status/521286678321713152 (via bgnori)
“カツアゲしたり珍走したり人殴ったり 未成年でタバコ吸ったり酒飲んだり 万引きしたり、バイク盗んだり レイプしたり、薬やったりしてたけど DQN「今は更正しました」 世間「えらい! 更正してよくがんばった感動した(´;ω;`)」 おまえら「とりあえず真面目に生きてました」 世間「いや当たり前だろ お前バカ?」”
— すくいぬ いいかげん 「更生する不良」 を美化するのやめろよ (via blackuzume)
これは本当に良くない!ずっと真面目な人たちが評価されるべき!
